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博物館の展示は何かを伝えるのですか?(その2)

2016年03月11日
csij 【203. 市民研通信】

連載:博物館と社会を考える 第4回
博物館の展示は何かを伝えるのですか?~その2~

林 浩二(千葉県立中央博物館)

PDFファイルは→csijnewsletter_032_khayashi_20151003.pdf
連載第3回「博物館の展示は何かを伝えるのですか?」
連載第2回「博物館はいくつありますか?」
連載第1回「科学館は博物館ですか?」


 前回は滋賀県立琵琶湖博物館の常設展示で、博物館の研究員の「顔が見える」展示を検討しました。今回はそのもう一つの例として、パナソニックセンター東京(東京都江東区有明)に実験的に設置された展示施設「ダイノソアファクトリー」を見ていきます。ここでは研究員の「顔が見える」ことに加えて、化石や地層の研究がどのように進められてきたのか、いま進められているのかを来館者に理解させ、その過程に参加を促すように巧みに組み立てられています。

ダイノソアファクトリー

 「ダイノソアファクトリー」は、林原自然科学博物館と松下電器産業株式会社(現パナソニック株式会社、以下、パナソニックと略します)が共同で2002年9月〜2006年5月に運営した施設で、フルネームは「パナソニックデジタルネットワークミュージアム 林原自然科学博物館 Dinosaur FACTory」といいます。
 
 株式会社林原は「トレハロース」の生産などで知られるバイオメーカーで、林原美術館(1964年開館)など企業メセナ活動を幅広く行っており、その一つに自然科学博物館計画がありました。林原自然科学博物館は1992年に準備室が設置され、1993年からはモンゴル古生物学センターと共同でモンゴルでの恐竜化石調査に取り組み、成果をあげつつありました。近い将来に本拠地、岡山市に博物館本体を建設するまでの準備期間として、今回紹介するダイノソアファクトリーや出張教室など、ユニークな教育活動を行っていました。ところが、2011年に親会社である(旧)林原の経営が破たんし、会社更生の手続きが始まってしまいました。林原自然科学博物館は2014年で活動を休止することとなり、1万点に及ぶ標本(注1)のうち、それまでにモンゴルで発掘・調査してきた化石標本等はモンゴルに戻し、その他の標本等は、関連施設に移管しました(注2)。

 ダイノソアファクトリーは当初計画では3年間、最終的に8か月延長して3年8か月間(注3)と期間限定のプロジェクトでした。(残念ながら結果的に実現しませんでしたが)近い将来に博物館本体を建設するための準備として、きわめて実験的な展示を制作し、教育プログラムを運営したものと見えます。ダイノソアファクトリーは公開当時も一定の注目を集め、いくつかの雑誌記事で紹介されました(気がついた範囲に限られますが、当時の文献を末尾にリストアップしました)。わたし自身は数回訪れ、また終了の3か月前の2006年2月12日・13日に開催された、プロジェクトを総括シンポジウムにも参加しました。プロジェクトが終了してちょうど10年目にその展示を振り返るというのも何かの巡り合わせかもしれません。


【続きは上記PDFファイルでお読み下さい】

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