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「御用ジャーナリズム」イメージはどこからきたのか(その2)

2011年09月25日
csij 【019. 科学教育・科学コミュニケーション】

「御用ジャーナリズム」イメージはどこからきたのか(その2)

林 衛

(その1)はこちら
(その1)とあわせたPDFはこちら→csijnewsletter_009_hayashi.pdf

(◆2011年10月2日に誤植や文言を訂正いたしました。◆筆者:林衛)

 原発震災発生後の大手メディアの報道がまさに「御用ジャーナリズム」イメージを抱かれるものだったとの考察を前回示した。しかし,その一方で,適切な専門家を招き,不安解消に努めたがために「御用ジャーナリズム」というレッテルを貼られてしまったのだと,筆者が問題とした報道姿勢を擁護する立場の人もいる。受け手によって評価が異なるのは,評価の基準が異なるからだろう。

 そこで,今回は,今後の報道検証のために,筆者自身の評価基準を示し,読者の批判・吟味を受けたいと考えている。どちらの評価基準のほうが優れているか,すれちがいにならない検討が必要だ。

 リスクコミュニケーションの原則からの逸脱

 リスクコミュニケーションには,大別して二つの立場がある。
 一つは,「リスクコミュニケーションとは,リスクについて関係者間で情報や意見を交換し,その問題についての理解を深めたり,お互いによりよい決定ができるように合意を目指したりするコミュニケーションをいう」(応用心理学事典,丸善(2007))とする立場だ。よりよい意思決定のために情報や意見を交換するコミュニケーションのプロセスを重視しているが,必ずしも合意は目的にはなっていない。

 市民社会のおける個人や集団による意思決定を支えるための知る権利を保障するためのコミュニケーションの一つが,リスクコミュニケーションなのだ。コミュニケーションによって,お互いが変わりうることが前提とされている(筆者は「お互いが変わりうること」が科学コミュニケーションにおいても双方向性の大前提だと考えている)。

 1962年のケネディ教書にある消費者の四つの権利は,市民社会における問題設定,政策立案,意思決定に役立てるべきものとしてリスクコミュニケーションを位置付けている。

 ・安全を求める権利
 ・選択する権利
 ・知らされる権利
 ・意見を聞いてもらう権利
 
 専門辞書にも載る上記の考え方が掲げられたとき,リスクコミュニケーションを得意分野として語る人が真っ向否定することはなさそうだが,現実にはリスクコミュニケーションという名のもとに,結論ありきの「合意形成」を目的とした「説得」の場面は珍しくない。この第二の立場は,リスク社会における民主的意思決定のために広がりをみせつつある第一の立場のリスクコミュニケーションの名前を借りたものにすぎない。「楽観論」「御用ジャーナリズム」と受け止められた報道には,その典型がみられた。

 制御どころか圧力・温度といった基本的なパラメータ計測さえも不十分になった原子炉の推移にしろ,将来の健康状態に対する放射線被曝の影響にしろ,予測は簡単ではないので,幅広い可能性がありうると理解するのは当然だ。そういう状況のなかで,一つの可能性ばかりを科学的な事実であるかのように説明されても,それはその主張を受け入れるように説得されていると受け止められるだろう。

 安全な選択のために必要な事実や理論などをくわしく知りたい,専門家や政策担当者に対する疑問や意見をぶつけたい,といった気持ちが高まるのも当然だ。そういった期待が高まっていたときに,前回紹介したような報道に接すれば,物足りなく感じるのは,民主社会の構成員にとってふつうのことなのだ。

 コミュニケーションをうたい,対話や議論の場があったとしてもお互いに変わりうる条件がないのであれば,それはリスクコミュニケーション(あるいは双方向科学コミュニケーション)とはいえない。他方,テレビや新聞のように電波や活字がどんどん届くメディアでも,双方向性はありえる。視聴者・読者の期待に応えるように報道内容を深めていったり,登場する専門家の認識が改善され,発言内容がリスクコミュニケーションにふさしいものに変えたりするのが,リスクコミュニケーションを担うジャーナリストや科学コミュニケータの役割として期待されるだろう。その期待に応えられない,説得調のリスクコミュニケーション(まがい)が続いたら,「楽観論」「御用ジャーナリズム」イメージはどんどん高まっていく。

 21世紀日本の主権在民社会においてあたり前の,いわば現代史上の必然的な事態として,「御用ジャーナリズム」イメージが広がっていったのだ。

 PR(パブリック・リレーションズ)の失敗

 日本語で「PRしよう」と語る際のニュアンスは,自分たちの活動や得意なものを広報・宣伝し,知ってもらおうといったところだろうか。しかしここでとりあげるPRとは,個人や行政,企業などの組織が公衆(パブリック)とどういう関係をつくるのかイメージと内容の両者にかかわる活動のことだ。社会心理学的な実践,評価研究によって,このPR(パブリック・リレーションズ)の必要性,重要性は実証されている。

 原発危機に際した政府のPR戦略の成否がまずは問題となる。それと同時に,メディア機関が政府のPR戦略とのかかわりも同時に問われる。なぜならば,日本のメディア機関(とくに新聞,放送)は戦時中の思想統制によって寡占化をはたした新聞社,系列化された放送局いずれも,記者クラブや番記者の制度や放送法,巨大な広告費を通して行政機関や大企業と深い結びつきをもっているからだ。記者クラブ制度によって行政による公的発表や企業の最新ニュースを独占できるメディア機関は,現実問題としてジャーナリズムの役割とともに行政や企業の広報・宣伝の役割も担っている。

 行政機関のPRが失敗したときに,伝達役のメディア機関がジャーナリズムとしてのチェック機能を果たせず,行政からの情報を一方的に伝達するにとどまった場合,今回のあったように「御用ジャーナリズム」とみなされたり,「大本営発表」とレッテルを貼られてしまったりしかねない一蓮托生の関係が存在する。そして,今回の原発震災後の政府の情報発信は,PR戦略としてみたときにまちがいがあったのだ。

 PR戦略で大事なのは,信頼関係の構築だ。簡単に制御しきれない事態が発生したときに市民社会が着目点は,制御ができているかどうかだけでなく,情報収集の能力や情報公開への誠実性などに及ぶ。この心理学的傾向は,情報の受け手が原発推進政策を支持しているかどうかを越えて現われる一般性をもつ。

 「保守」派論壇誌『正論』8月臨時増刊号特集:「脱原発」で大丈夫?のなかでも,井之上パブリックリレーションズ社長の井之上喬氏が,「"日本株"を急落させた政府広報の致命的欠陥」を論じている。井之上氏が第一にあげるが,「不安を増幅させた杜撰広報」である。3月12日午後3時36分の福島第1原発での水素爆発で骨組みだけになった原子炉建屋の映像が流れたあと,パブリック・リレーションが欠落してしまったために,国民の不安がかき立てられていった過程が分析されている。

 井之上氏は矢継ぎ早の情報発信が必要だったとする。最初は,「1号機で爆発があったとの報告があった。詳細は順次広報する」と発表。緊急速報としてテレビに「政府が爆発を確認」とテロップが流れる。その後は,死傷者の有無,測定された放射線量もそれが高い値だろうと流してくことで,政府が事態を掌握していることを示していく。ところが,その対応が遅れたために,その間に国内外のメディアが勝手な憶測をし,国民の不安はいたずらに増幅していった。

 井之上氏はさらに,INES暫定評価レベル4とすると12日夜に原子力安全・保安院が発表し,3月18日になってからレベル5,さらにはレベル7へとあげたのもPR戦略の失敗だとする。少なくともみかけ上はスリーマイル事故と同等のレベル5(所外へのリスクをともなう事故)になっていたのだから,1号機の爆発事故の直後に放射線量が低かったとしても,「データ上はレベル4相当だが,レベル5に近いと判断し,事態がより深刻化することも想定して万全の体勢をとる」と広報する必要があったと述べている。

 筆者はもちろん,井之上氏の分析すべてに同意するわけではない。しかし,信頼性構築のためには,おこりうる幅広い事態を政府が把握していることと,確かにそうなのだというイメージが事実に基づいて市民社会のなかで共有されていることの両者は出発点になるのはまちがいない。
 大規模の避難が必要となるような放射性物質の放出が生じたら,政府や行政機関にできることに限りがあるのは想像にかたくない。市民社会の構成員一人ひとりができることを探して,解決すべきというまさに国難が発生しかけていたのだ(そしてそれは現実のものとなった)。そんなときに,情報を小出しにされ,根拠あいまいなまま格納容器の健全性が維持されているとか,ただちに健康に影響がないとか,楽観論ばかりが発表され,メディア機関がそれをそのまま流したとしたら,一人ひとりの判断や行動の根拠が不足してしまうのは明らかだ。

 そういった事態は,オルタナティブ・メディアによる情報発信の価値を高める。例えば,原子力情報室が連日インターネット中継で流した事故の技術的解説が事故の推移を探る大きなヒントとなった。オルタナティブ・メディアが大事な情報をもたらすいっぽう,政府・メディア機関からの情報が不足し,楽観的に偏っていると感じられれば感じられるほど,両者のちがいが意識され,「御用ジャーナリズムイメージ」も高まっていくことになる。■

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